闇雲に行く畦道 | Neo*So

ARTICLE PAGE

スポンサーサイト

スポンサー広告
  • comment-
  • trackback-
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

昔の純粋をヒントに整理

遠距離恋愛
  • comment0
  • trackback-

急に思い出した。



https://twitter.com/expressione/status/7744759752



何をブツクサ言ってるんだ。
まさに今 もとい、これからが「そんとき」じゃねえええかよ、と。ω。



これを発したときの気持ちは勿論 嘘じゃなかった。し、
歳をとった、気が変わったという理由で嘘と化していい話でもないと思う。



「この先、楽しいことが全然ない状態まで追いつめられたらどうしよう」かと、
そればっかり憂いていたけど
あの言葉がホントなら、そんなのさっさと忘れなさいよというところかな。



思えば、「親以外の第三者に頼られてみたい」とかの浅い願望も
いつのまにか叶っちゃってるのだし、
それは かつての自分にとっては物珍しい体験だったはずで、
でも、まるで当たり前のように息を吸うように、気づかないで過ごしている。



そりゃあ がんばるというのにも限度はあるのかもしれない。
今の私が今の職場で落ち着いて3年間続けられたのは
たまたま「そこそこ受け容れてもらえる環境」
「仕事の能力不足を人格否定に結び付けられない環境」
だったからだし、
それ以前の場では何度も何度も転々としていたのだから、
引っ越した先で、今の職場のような人間関係の場は
なかなか見つかることはないだろうと思う。

私の診断がついたのは10年以上前で、
継続治療もしていないから手帳も取得はできないし、
支援センターを頼るといっても、そんなグレーな人物が
果たしてどういった扱いになるのかも不透明なまま。(→ 参考サイトさん
もしも続かなかった場合に、限界まで耐えて辞めてしまった場合に、
気持ちが落ち着くまで実家で穀潰しという逃げ場も、今後はなくなる。

どうなるのか、全然わからない。


でも、これが 自分のための人生、じゃなくて、
誰かのための人生だ、って自然に思うようになれば
細かいことなんか気にしなくていいのかもしれない。
失敗しても、その失敗を、私という強い自我が所有しようとしなければ。


そもそも中学時代に、不登校になって逃げるという選択をしたのは私だし、
そのときにある意味、「平穏な仕事」「平穏な結婚」への可能性の道は
捨て去ってしまったのだから。
(どのみちレール通りに歩いても 必ずしも平穏ということはなかろうが)
捨てることになってもいい、という思いで引きこもったはずだから。
「まだ道が残ってるかもしれない」と思えば惜しくもなるのだろうけど
「もう戻ってこないのだ」と断定してしまえば、気が楽になる。



そうしたら私のやるべきことは、ひとつなのだから。


Comments - 0

Leave a reply

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。