闇雲に行く畦道 | Neo*So

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将来への杞憂とか音楽性云々とか

創作活動
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さて、何を悩んでいたって?

https://twitter.com/new_world_masa/status/671108026141577217
https://twitter.com/new_world_masa/status/671573118117281792

このツイート見て、その通りだなぁと思っちゃったから。



うーん。

最近 選んでる言葉は違えど、何回もこの内容の話題
書いてますよね、たぶん。

ふつうの結婚する世界線に然り、(今のトレンドに乗ってみた
将来の仕事どうなるか然り。


私にとって作曲は、
メロディさえ作れればいいってものではなく、
さらにいえば、楽曲の形さえしていればいい というものでもありません。


外の風景やネットで得た情報から 感情を喚起して、
内容を自分なりに解釈し、出た答えをもとに
作品のイメージとして構想を作り、それからようやく
「打ち込み」という具体的な作業に入っていくわけで。

だから、鼻歌やコード選びで気軽に作れるでしょ、っていうものではない。
たしかに音は作れるんだけど、それじゃただ「音を鳴らしてるだけ」なんだよね。
あくまで私にとっては、ですけど。
鳴らすだけなら、しないほうがマシってなっちゃうな。
(もちろん「他意なく曲が作りたくて作ってる」という方もいらっしゃいます。
 そのスタイルを否定する話ではありません。楽しければいいと思う。)


表現は、全て文学みたいなものに通じてると思う。
文学的に作りたいと思えば、どうしても時間が欲しいんですよね。
いろんなものを見聞きして、感じる時間から、電波が降りるまで。
まぁこればかりは、すげぇワガママな内容なので、どうにもならないんでしょうが…。


ピアノの即興演奏なら、たしかに直情的に出来ます。
せめて、それがあれば助かるとは思うものの、
新しく借りる部屋に電子ピアノが置けるという保障も無いんだなぁ。ω。


だからまぁ お引越しするときには
「昔のスタイルで音楽続けたい」って気持ちとは一旦、お別れしなくちゃ
いけないかもなぁ、
なんて、まだまだ先のことなのに杞憂ってるわけです


でも、世の中の多くの人、たぶんほとんどの人が
「自分らしい在り方」なんて許されてはいないと思うから
これが当たり前なのかなぁ、と、何とか自分を納得させるほかない。



だから直近の課題は、

・何が一番大事なのか決めかねていること
・今あるものを失う覚悟が足りないこと



これだけはお聞き届けいただきたい。彼様ご指名で。
解決しないとしても、とりあえず私が現時点こう思ってるってのだけでも
知っててもらえると気が楽なんだけど…。
過去記事も、おおかたこれを彷彿させるような内容で何度か書いてたわけです。ω。。

これを16年度中には整理つけなくちゃなーって感じですかね。


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