闇雲に行く畦道 | Neo*So

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発達特性と文章力の遅滞は無関係です

分析・対策・治療
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ある程度ちゃんとした文章を書ける、ということが
相談をする際にはデメリットになるのだろうか、と思う今日この頃。

某所に、通算3回ほど相談事を書いているのだけど
なんというか、今回は特に手ごたえが得られない。。。
もともとお代も発生しないような、簡易的な受け答えを
する場なのだ とは思うようにはするけれど、どうだろう、、、

障害特性やコミュ症の影響で年末仕事に悩んでいることを書いても
「周りが寛容ということは、現状それほど酷くはないのでは」
「完璧を目指し過ぎなのでは」
といったような、
あまり状況を信じてくれていない人すらいる感じ…?が、一番不服なところ。
「文章からは判断できない、病状が微妙」というリアクションもある。

いや「文章(言葉尻)」ではなくて「内容」で考えるべきでは、、、、


うーん、何か、「すごく悩んでいる人の文章は支離滅裂になる」
とでもいうような大衆イメージ
があったりするのでしょうか?




これは何度も申し上げたいのですが、、、
発達障害=知的障害ではないのですよね。併発でない限りは。
で、文章力や計算力などは、普通に持ち合わせてる場合が多いんですよ。

少なくとも、私が時々見に行くADHD・ADDやアスペのブロガーさんは
ほぼ全員、文章力が高いように見えます。
ただ長文というだけではなく、内容もわりと富んでいて
その中で要点や結論などが、きちっとまとまっていたりする。
それは特性を解説するような生真面目な記事だけではなく
趣味のことについて語る日記などにも、その傾向は見られるように思う。
確かに、二次障害の鬱やACの真っ只中であろう方には
軸がブレたりする様子もあるでしょうが、根本的には
「発達特性」と「文章力の低下」に関連性は無いと私は思っています。


しかし、そんな整然とした文面を書く彼らが
普段の生活で何も大きな支障が無いのか?といえば
全くそういうわけではないでしょうしね。
「文章は落ち着いているから案外大丈夫なんじゃない?」
みたいな安易な感想は、ちょっと違うと思うのですよ…
「案外大丈夫」だと本人が思えるのなら、わざわざ匿名で相談書いたり、
こんなブログ書いたりしてないと思うのですよなぁ。ω。


なぜ対面のコミュニケーションがダメで、文章あるいは音楽・演劇・絵画
などといった 言外のコミュニケーションなら得意なのか、といえば
おそらくそれらは、「アウトプットの前に、静止する時間が取れる」からです。
文章を書く前には、構成を考える。
曲を書くとき、絵を書くとき、踊るときなどにも、構成を考える。
そしてそれが想定通りであるかを推敲することができる。
しかし、横の誰かが突発的に声を掛けてきたり、質問してきたりする場面では
正直なところ、「考える時間」が一切取れません。

数秒は取れたとしても、正しい答えを出すまでの処理速度が遅すぎて間に合いません。

だからリアルタイムで話そうとすると、うっかりな応対をしたり、失敗するんですよね。
定型発達の人は、おそらくその「ほんの数秒間」で、取るべき対応を判断している。
私には出来る気がしない。だから会話において瞬発力を求められると苦しい。


それと「サービス業=接客 だけではない」という罠。。。。

本当に、「同僚とすらコミュニケーションがスムーズに成り立たないので
周りと足並みが揃いません」という低次元の悩みのはずなんだけどね。
接客の完璧を求めすぎとか、どの口が言うんだよ。。。。


まぁ昨日と今日は比較的、バイトの人に対してもよく話せたと思うし
(バイトの人のほうが慣れてくれた感があるのだが)
どう積極的になろうとも、あんまり正しく伝わらないことは相変わらず多いが
もう適当に年末も乗りきるしかないみたいですねーーー
人海戦術だしねーーーーなんとかなるだろーーーー




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