闇雲に行く畦道 | Neo*So

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適応性と創作意欲の反比例

分析・対策・治療
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IMG_1773.jpg
(写真と本文は関係ないです)


先日ポチった服が次々と届き、
色味がちょっと違ったりしたのもあるけど、どれも可愛くて満足。
今日はさっそく着て、適当にでかけてきました。天気は悪かったけど…
休みなのに、心の底では何をやってても苦しいような。
考えすぎだなぁ、とは思うのだけど。


社会に馴染めているかどうかと、創作意欲というのは
どうやら反比例するようです。



最初に苦手な上司が異動し、目に見えて責められることがなくなり、
「裏ではこう思われてるのでは?」と人の顔色を
ネガティブに解釈するようなことも少なかった頃は
頻繁にカメラを持って出歩くことも、音楽に頼ることも
必要性がまったく感じられなくなってましたが。。。


それらを気にするようになった途端
また少しずつ昔に逆戻りしてきたような気がします。


本当は明日も明後日も、無意味に散歩とドライブだけをしていたい感じです。
(爆弾低気圧の風と雨が強いから、物理的にも無理でしょうが。)
要するに、逃げたい。
何から?といえば、他者からの否定感、ひいては、自己否定感なんでしょうね。




創作活動というのは、わりと簡単に自己肯定感を得られてしまう作業です。


たとえ、誰が目に留めずとも、お褒めのコメントなどを寄せられなくても、
それは可能なんです。

「今日はいい画が撮れたな」とか「好きな絵が描けたな」とか
「思った通りの世界観の曲が作れたな」とか

そうやって勝手に自己満足するだけでも
他に何も要らないほどの至福が得られるわけです。

現実逃避である所以たる所以ですね。。

もちろん「ここをこうしたら?」「ここが嫌なんだけど」といった
アドバイスや否定のコメントが入ることも時にはあるでしょうが、
不思議と、それで自信が揺らぐことはありません。

「あの人はこう言ってるけど、今の状態をこれはこれで自分は気に入ってる」
と思って適当に流せてしまいます(上達もしないけど!)


これが仕事となると、「こうしたら?」「もっと頑張れ」と何度も言われれば
なぜ他の人のように、うまく期待に応えられないのか…?と簡単に打ちのめされるのに。



でも、こうやって何度もいろいろ書いてみればみるほどに、
今、私が困ってるのは「仕事だけ」ということを実感します。

家族にもまぁ、家事について小言ぐらいは言われるけれど
それを理由に、人格を否定されたりもないし、存在することは許されている。
彼氏についてもそう。私の欠点もある程度わかった上で、良くしてくれている。
はっきりいって、注意欠陥にしては人に恵まれてるほうではないかと思う部分も多い。
だから今まで、自分で自分をそれなりに気に入り、
薬で失いたくない要素を見止めることもできたんだろう。



身勝手な私が私であるために、もう少しだけ足掻いてみたい、それが本音。



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